Hebidas ヘビダス  ヘビの病気マニュアル

P25 拒食症・食欲不振

 爬虫類学者や獣医師にとって、食欲不振は突然死の次にやっかいな問題である。食欲不振の原因は数多くあり、その解決法も数多く存在するからだ。ここでは話の便宜のために原因別に分類してみたが、拒食症においては複数の要因が絡んでいる場合もある。
環境要因
 ヘビが食事を摂らない原因として、一番よくあるのは環境によるものだろう。温度・湿度の上昇や下降は、飼い主にはわからなくても、ペットのヘビにとっては食欲を失わせることになる場合がある。これは長年飼っているヘビの場合でも同じである。ヘビにとっての最適な温度を昼夜のサイクルで調節する機能をもった飼育ケージでヘビを飼えば、ヘビの食欲は回復するだろう。
 秋や冬に明期 (日照時間)が少なくなると、急に食欲をなくすこともある。ヘビを飼っている部屋に窓があるなら、人工照明があったとしてもヘビが食欲不振になることもある。ある種の生物は、人工的な日照サイクルがあったとしても、自然の日照サイクルを感知するからだ。それとは全く逆に、過度に光を与えても (常に光を与え続けても)、拒食症になる可能性がある。ある種のヘビや特定個体にとっては、光の質と強さが適切なものでなかった場合、食欲減退につながることもある。
 季節ごとの気圧変動が、両生類や爬虫類の行動パターンに重要な影響を及ぼしていることは知られている。そのため、食欲に関しても同じことが言えるだろう。ただし注意すべきことがある。冬眠の準備期にある多くの爬虫類にとって、拒食というのはごく普通の自己防衛メカニズムだということだ。この時期に強制的に餌を与えるのは不必要であり、ヘビに外傷を与えてしまい、その後の拒食症にもつながりかねない。
 飼育ケージの底に敷かれた床材が、拒食症の原因になることもある。アリゾナサンゴヘビ (Micruroides euryxanthus)のような陰を好むヘビや、Chionactisといったヘビは、自分の身を隠すための藁や砂といった物がなければ、餌を食べようとはしない。同様に、樹上性のヘビは、安定した枝がなければ、餌を食べようとはしない。飼育ケージの大きさも重要な要素である。そのヘビの必要に応じて、より大きな (あるいは小さな)ケージに移動させてやると、餌を食べ始めることも多い。もちろん、ペットのヘビが到着する前に、これらのことは事前に調べておくべきである。
餌の好みによる要因
 ある種の動物が特定の餌を好むことはよく知られている。ただし、残念なことに、多くのヘビにとっては、その好物が何か爬虫類学者にもわからないか、あるいは簡単には手に入らない。代替品の餌も食べるかもしれないし食べないかもしれない。無菌マウスやラットですら、ある種のヘビにとっては栄養バランスのとれた餌とはなりえないかもしれない。
 ペットのヘビの好みに合わない代替品の餌の例としては、メクラヘビ (Leptotyphlops)にとってアリの代わりにハチミツガの幼虫を使うことはできない。また、灰色縞キングスネーク (Lampropeltis alterna)にとってトカゲの代わりに家ネズミを使うことはできない。爬虫類繁殖家の多くが創意工夫をこらして、匂い転移のテクニックを駆使しつつ、肉食性のヘビをだまして餌を食べさせている。簡単に手に入る餌にヘビの好物をこすりつけて匂いをつけるのだ。ヘビのなかには死んだ餌しか食べないのもいれば、生き餌しか食べないものもいる。死んだ餌を食べるヘビでも、はさみやピンセットでつまんだ餌を目の前でブラブラさせた時だけというものもいる。シャープテイルスネーク (Contia tenuis)やイワガラガラヘビ (Crotalus lepidus)などの多くのヘビにとっては、餌の大きさも関係がある。本物の生き餌しか受けつけず、それがなければ餓死してしまうヘビもいる。さいわい、こういうケースは稀だが。
心理的な要因
 心理学的な要因が爬虫類繁殖家の注目を集めるようになったのは、最近になってからである。飼育ケージがどこにあるのか、安定しているかどうか、周囲がどの程度見えるのかといったことは、ヘビの食欲を減退させることにつながりうる。同じケージ内に複数のヘビがいる場合、おとなしい性格のヘビに餌を与えづらいことがある。また、ヘビたちが神経質でなわばり意識が強い場合、ケージ内の全てのヘビに餌を与えづらくなることもある。飼い主がいつも触ったり、いつも誰かがそばを通ったり、ケージの清掃回数が多い場合ですら、食欲減退になることがある。時には、生き餌がヘビを傷つけてしまい、結果として、マウスに怯えるようになってしまうこともある。そのため、ヘビは別々のケージに入れ、ケージは安定させて、視界をさえぎるのが望ましい。気難しい性格のヘビならば、なるべく触るのを控え、たいていの場合は (食虫類以外は)、あらかじめ殺した餌を与えるのがよい。
 もちろん、多くのヘビにとって、脱皮の前や冬眠中、あるいは冬季の活動休止期においては、一時的に拒食になるのが自然である。交尾シーズンのオスのヘビや、妊娠中のメスのヘビが餌を食べなくなるのも当然のことである。
 ヘビに餌を与えすぎると、その後絶食になることがあるが、心配するにはあたらない。ヘビのなかには、大食いして絶食するというのが自然な食事習性のものもいる。野生環境においては、餌が手に入りにくいという事情と関係があるのだろう。
医学要因
 爬虫類の拒食症に関する医学的な要因は数多く存在する。一番よくあるのが寄生虫であろう。その爬虫類が最近捕獲されたものだとしたら、特にそうである。長年飼われているヘビでも、全く獣医の診察を受けたことがない、あるいは最近受けていないとしたら、その可能性はある。糞の検査と診察を定期的におこなうことを強くお薦めする。小型ヘビの場合、二番目に多い原因は、飼育ケージの底に敷いてある細かい砂利や人工芝などの不適切なものを口にして、腸に埋伏 (impaction)ができてしまうことであろう。体の一部あるいは全部 (呼吸器系・腸・表皮を含む)に細菌が感染した時も、食欲不振の大きな原因となる。ひどい口内炎や肺炎にかかったヘビが餌を食べたくなくなるというのはよく理解できるが、どんな感染症でも拒食症をひきおこすことがあるのだ。ミネラル・ビタミン・ホルモンなどの過剰摂取・不足による新陳代謝の異常も食欲不振をひきおこす。具体的には、年老いたラットスネーク属Elapheにおける甲状腺機能亢進症が挙げられる。ヘビにとって糖尿病や腎臓障害といった病気も決して無縁ではない。腫瘍、外傷、毒など全て拒食症をひきおこす可能性を持っている。知覚障害、特に嗅覚や視覚といった非常に重要な知覚を失うと、説明はできないが、餌を食べなくなる。最近捕まえたヘビで、あらかじめ殺してある餌には反応せず、生きて動いている餌にしか興味を示さない場合には、舌に傷がないかどうか確認すること。ちなみに、ヘビに餌を与えた時の反応を見ると、視覚は嗅覚ほど重要ではないらしい。しかし、大きな目をした昼行性のヘビは行き先を目で確認しており、外傷や感染などにより片目あるいは両目を失った場合、その食事の仕方は悪影響を受けると考えられている。
 メスのヘビが拒食症になった場合、うれしい医学原因として妊娠が挙げられる。幼生卵が成長すると、それはヘビの体内で大きな容量を占めるようになる。この状態のせいで、餌が食べられなくなると考えている学者もいる。しかし、妊娠と言っても喜ばしいことばかりではない。もしも妊娠して拒食症になったメスがひどい栄養失調になったり、子宮にまで広がる危険な感染症になったり、その他の命にかかわる問題に直面したら、難産、卵黄塞栓、卵黄腹膜炎、子宮破裂、受胎残留、不妊、死亡へとつながる危険性があるからだ。

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