Hebidas ヘビダス  ヘビの病気マニュアル

P99 心理的な要因

 これまで指摘してきたように、適切な飼育環境を作ることは、ストレスの軽減、病気の予防、そして治療法といった事柄と複雑に関係している。飼育環境の物理的な要素とは、適度な温度、光、飲み水、湿度、通気性、床材などである。ペットのヘビの種類に応じて、こうした要素をくわしく調べる必要がある。しかし、時として無視されがちだが、ヘビの健康状態を保つためには、心理的・社会的な要素も重要なのである。これらの要素とは、手で触ること、人間の行動を見て刺激を受けること、仲間のヘビの有無、餌のサイズとタイプ (生きているか死んでいるか)、隠れ場所、ケージの安定性などが挙げられる。
 ヘビに触れるのは極力避けたほうがよい。特に神経質な動物の場合、近くで人間が動いているのを見るだけでもストレスになるので、控えなければならない。ケージの前面を、小さな穴のあいた画用紙あるいは布で覆うと、脱走行動を激減させることができる。人通りの少ない場所にケージを置くのも有効である。
 ヘビに触るかどうかは、飼い主が個々のケースで判断しなければならない。若くて成長が早いヘビ (繁殖用のほとんどのヘビを含む)は、あまり触らないほうがよい。そうしたヘビは触られたストレスで吐き戻しをすることがあるからだ。動物のなかには人に触られるのを楽しんでいるように見えるものもいるし、その反対にとても嫌がるものもいる。同じケージに仲間がいるかどうかも、ヘビの行動に大きな影響を及ぼす。普通は片方のヘビが支配的になり、もう片方が従属的になる。支配的なヘビはきちんと体温を調節し健康を保つ一方、もう片方はうまく体温を調節できずストレスがたまって病気になることがある。やはり、ペットのヘビを飼育する最善の方法は、別々に分けて飼うことである。
 いつも、死んだ餌から先に与えるようにすること。最近捕まったばかりのヘビに餌をやる時には、この方法が特に有効である。死んでいる餌というのは、ヘビにとってあきらかに脅威が少ないものである。自然界にいるヘビの多くは死んだ動物の肉を食べる性質を持っているので、あらかじめ殺したネズミを簡単に口にするのである。
 ヘビが隠れられる場所を確保することも、とても重要である。通常“ハイド・ボックス”と呼ばれているこの隠れ場所は、ヘビのケージにおいてもっとも重要な設備品の一つである。こうした隠れ場所があることにより、安心感を与え、食欲や消化や交尾行動を促進させ、それと同時に嘔吐の可能性も減少させると言われている。隠れ場所があることにより、ペットのヘビの寿命も数年のびるのではないだろうか。
 ケージが不安定な棚の上に置いてあると、ヘビが頻繁に振動を感じてストレスがたまり、食欲をなくすかもしれない。このように長期間にわたって振動にさらされると、ある種の動物にとっては死につながる場合もある。
ペットのヘビにおける攻撃性
 初心者の飼い主は、どうしてヘビは急に攻撃的になるのだろうと疑問に思うことがある。ここで言う攻撃性とは、襲ってきたり、咬みついてきたり、締めつけてきたりすることを指し、その攻撃対象は仲間のヘビや飼い主である。その他の行動(尻尾を震わせたり (ガラガラ音があってもなくても)、シューッという音をたてたり、体をふくらませたり、口を閉じたまま襲ってきたり、死んだふりをするなど)は、ヘビの攻撃行動の前兆となる場合があるが、攻撃行動そのものとは見なされない。ペットのヘビが攻撃的になる一般的な理由のいくつかを以下に記そう。
飢え・餌対象の誤認識
 お腹を空かせたヘビは、時として仲間のヘビや飼い主を襲うことがある。こうした餌の誤認識行為は通常、嗅覚あるいは視覚刺激によってひきおこされる。一番よくある例としては、ネズミを触ったばかりの飼い主が、ヘビに触ろうとした場合である。ヘビは温かい手にネズミの匂いをかぎつけ、手と餌を混同して、咬みついてしまうのだ。
餌の奪い合い
 二匹のヘビが同じケージのなかで飼われている場合、餌をめぐって非常に攻撃的になる場合がある。こうした行動は野生動物においては妨害競争と呼ばれており、ペットの飼育環境においても見られると考えていいだろう。ミズヘビやガーターヘビが多くいるケージにおいては、餌の奪い合いはよくあることである。実際、飼育環境が狭くなればなるほど、こうした対立行動は拡大するようである。
縄張り意識
 縄張りとは、食物・避難・日光浴・繁殖・休息などを提供してくれる、動物によって守られた範囲のことである。ペットのヘビにおいても、縄張り争いが攻撃行動の原因となることがある。近年の研究によると、ヘビはとても縄張り意識が強いらしい (1992年、フランツの報告による)。同じ種のヘビに対する攻撃行動は、ナミヘビ科のペットのヘビにおいてはあまり見られないが、パイソンにおいてはよく見られることである (1990年、ロスの報告による)。インディゴ・スネーク属のDrymarchonを同じケージにいれたら、喧嘩をしたのを見たという爬虫類養殖家もいる。
性認識
 近年、オスのイグアナの成体が、生理中の女性の飼い主に対して攻撃行動を見せたという報告が数多く寄せられている (1991年、フライ等の報告による)。こうした報告が示唆しているのは、イグアナの成体は嗅覚に反応して、性対象を誤認して攻撃行動を示したのではないかということである。こうした行動は、今のところヘビにおいては観察されていないが、可能性はないとは言えない。
訓練の誤り・注意不足
 誤った訓練をすると、気の小さいヘビですら攻撃的になることがある。とあるヘビの飼い主は、いつもヘビをケージの外に出して、生きたラットを与え、それからケージのなかに戻すということを繰り返していた。こうしたやり方を続けた数ヶ月後、おとなしかったヘビは飼い主が持ち上げようとすると、必ず唇や腕や他の場所に咬みつくようになった。ヘビは何ヶ月もこうした行動を続けたため、飼い主はヘビを手放そうと考えていた。その時、ある人が飼い主に逆のプロセスをやってみればとアドバイスした。つまり、ヘビがケージ内にいる時にたくさん餌を与え、数日待ってから、ちゃんとした保護服を着て、ヘビに触るようにしたのだ。要するに、飼い主はヘビに対し、触られた時に餌を探すように訓練していたことになり、ヘビは餌を見つけられなかったために、攻撃性を示していたというわけだ。ヘビを飼うことになったら、餌を与える時には、普段飼育しているケージとは別のケージのなかで与えるようにすれば、こうした問題を避けることができると指摘する専門家もいる。こうした行動は簡単には治らないこともある。
痛み・過敏症 (医学的な問題)
 ヘビにおける痛みや過敏症は、内部寄生虫、外部寄生虫、刺激のある床材、外傷、腫瘍などによってひきおこされる。寄生虫・毒・外傷などがもたらす痛みは、精神的なストレスとなり、攻撃行動へとつながることもある。一般的に、不快なストレスを感じて苛立っているヘビは、そうでないヘビと比べて、ちょっとした刺激を受けただけでも咬みやすい傾向があると言える。筆者は、ヘビがダニや原生生物の寄生虫に感染した後、急に攻撃行動を示すようになったのを見たことがある。また、脱皮期間も、しばしばストレス増加と関連していることがある。
野生反応・自己防衛・恐怖
 1 誤った拘束
 生まれつき攻撃的な性質を持ったヘビもいる。毒ヘビを含む多くのヘビは、自己防衛のために咬みつく。ヘビは恐怖を感じて咬みつくのだという意見はただの推測にすぎないが、追いつめられたり、罠にはまったり、拘束されたり、他にどうしようもなくなった時に攻撃的になる場合はある。飼い主の側が急に動いたりすると、ヘビが驚いたような動きをみせることがあるが、まさにこれがそうであろう。ヘビを持ち上げる勇気を奮い立たせようとして、ヘビの前で迷いながら長い間たたずんでいるような場合も、ヘビを動揺させてしまうことがある。ヘビの胴体の真ん中をきつく拘束した場合も、咬みつかれることがある。
 2 擬似自然回帰
 何年も飼われていたおとなしい性格のペットのヘビが、ほんの少しの間、屋外に出されたり、別のケージに入れられたりすると、突然攻撃的になる場合がある。長年飼っていて、それまで一度も咬んだことのなかったヘビなのに、ほんの数分外の地面に置いたら、その後で激しく咬みつかれたと言う飼い主は多い。こうした行動は、光や温度の違いなど、数多くの要因が絡んでいるかもしれない。しかし、これらのヘビは自分たちが自然界に戻ったと“考え”、大きな動物が接近してきた時に、自然界におけるのと同じ反応をしたのではないかと筆者は予想している。それ以外の時には攻撃性を示さないヘビにおきる反応なので、筆者はこれを擬似自然回帰攻撃性と名づけている。
 3 幼生防衛反応・過剰防衛反応
 たいていのヘビの幼体は、特に怒りっぽくキレやすいように見えるし、一般的に言って過度に触られるのを好まないようだ。後天的に学習した行動は別として、幼体の生存本能はあきらかに脱走と回避行動がメインのようだ。なぜなら、自然界においては、ほとんどのヘビの幼体は捕食動物に狙われているからだ。自然界では、ヘビの幼体が持ち上げられたとしたら、それは食べられることを意味するのであり、決してかわいがられたり、ペットとして購入されるわけではない。だからこそ、多くのヘビの幼体はとても攻撃的なのだ。しかし、時間がたつにつれて性格が丸くなり、飼い主には敵意がないということを学ぶようになる。こうした行動は、 (もっといい名称が他にないので)幼生過剰防衛反応と呼ばれている。全ての動物の幼体がいつまでも攻撃的なままでいるとは考えないように。
過密によるいらだち
 複数のヘビを小さなケージに入ると、他のヘビと体が触れ合うので、常にいらだっている可能性がある。こうした慢性的ないらだちは、攻撃行動を増加させることがある。神経質な性格のヘビの場合は特にそうである。
突然の温度変化
 飼育温度が上昇すると、ある種のヘビの行動に影響を与えることが知られている。室温で比較的やさしく触られていたヘビが、温められた後では、非常に攻撃的になり、何度も咬みつくということがある。たいていの場合、高い温度下で攻撃行動を示すのは通常の行動パターンだと考えてよい。一方、一見おとなしそうに見えるヘビでも、温度が低いために、人為的に活動を抑制されているだけかもしれない。温度がとても高くなると、攻撃的なヘビも無気力になり、おとなしそうな印象を与える。その後温度が下がれば、また元の行動に戻るだろう。
まとめ
 ペットのヘビにおける攻撃行動の原因は数多く存在する。間違った触り方 (急な動き、過度の押さえつけ)や間違った飼育管理 (ケージの過密)などは、攻撃性向を増加させることがある。その反対に、適切な手法をおこなえば、 (全部とは言わないまでも)多くの場合、攻撃性向を軽減させることができる。あらゆる種類のヘビが持っている生得的な攻撃性向について、過度に一般化するようなまねはしたくない。しかし、哺乳類の場合と同じく、ヘビの場合にも個体差があるということは意識しておいてほしい。こうした行動の大半は後天的に学習されたものだが、生まれつきのものもある。爬虫類養殖家のなかでは、ペットのヘビはそれぞれ個性的な性格を持っていると広く信じられているが、それも根拠のある話かもしれない。ペットの爬虫類の心理学研究は、爬虫類の養殖と同じく、まだ始まったばかりであり、学ぶべきことはたくさんある。
 ヘビが攻撃性を示したら、その多くの場合、医学的な問題があるのではと考えることが必要である。爬虫類専門の獣医なら、説明できない攻撃行動について、力を貸してくれるだろう。
 ペットのヘビに影響を与える心理的な要素は数多く存在する。ヘビがどのように反応するかについては、そのヘビ本来の気質が大きな役割を果たしている。けれど、飼い主はペットのヘビのストレスを増加させている根本的な要素を見つけ出し、それらを最小限にするための努力をしなければならない。そのためには、ペットのヘビを手に入れた瞬間から始めなくてはならない。爬虫類繁殖の成功の鍵は、移動からケージや日々の世話にいたるまで、飼育のあらゆる側面に気を配ることなのである。

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