Hebidas ヘビダス  ヘビの病気マニュアル

P113  呼吸不全

 呼吸器系の初期症状 (いびきや、シューッという軽い音など)は、呼吸器感染を示している場合もあるが、必ずしもそうであるとはかぎらない。杉の削り屑やタバコの煙などに含まれる化学性の刺激物、不潔なケージ内の高レベルのアンモニア、床材のほこりなどのアレルゲン (アレルギー誘発物質)も、軽い副鼻腔炎をひこおこす原因となり、呼吸器系の症状を示すことがあるからだ。言い換えると、感染症を治療するのではなく、飼育環境を改善すればよいということだ。ヘビが脱皮する前に、頭部や鼻孔周辺がふくらんでゼーゼーとあえぐこともあるし、いらだったヘビがシュッという短くて鋭い音をだすこともある。これらの行動は呼吸器感染の症状と誤解されることもあるので、ヘビを観察する場合は、ヘビが脱皮した後、おとなしくしている時にしたほうがよい。
 呼吸器感染のもっと深刻で特徴的な症状は (呼吸器感染のみに見られる症状ではないが)、口を開けて呼吸する、のどのふくらみ、鎌首をもたげる、口のなかの粘液が増えて泡をふくようになる、などである。もし本当に細菌に感染していたら、細菌は別の侵入者 (たとえばかび、寄生虫、ウイルスなど)から派生したものかもしれない。あるいは、免疫システムの不具合により、他の侵入者がいない時に、細菌の感染を許してしまったのかもしれない。通常、これら病気のヘビの気管や中咽頭から培養した細菌は、皮膚から培養したのと同じグラム陰性菌グループである。したがって、同じ解決策が必要となる。すなわち、飼育環境の改善である。そして、呼吸器感染の疑いがあるヘビを治療するにあたっては、補助暖房を導入することが、その第一歩となる。もし補助暖房を導入しても症状が改善されない場合は、すぐにヘビを爬虫類専門の獣医のところに連れて行き、抗生物質による治療をしてもらうことだ。
 ここ数年、抗生物質以外にも、重度の肺炎にかかったヘビの生存率を向上させるいくつかの発見がなされている。ボイヤー氏は、湿性肺炎を治療する際には、体重1キログラム当たり0.02〜0.04ミリグラムのアトロピンを一日に二回皮下注射して治療に成功したと報告している (1992年)。また、クアルズ氏は、気管支拡張剤である硫酸メタプロテレノール (商品名Alupent)を使用したら、呼吸が楽になったと報告している (1989年)。同氏は、濃度0.6%のAlupentを一日に三回、10分間ずつ霧状にして噴霧したという。また、少量の水に一滴分を噴霧しただけで、粘液が減少したという。
 ヘビにおいては、数種類のウイルスが呼吸器疾患と関係があるとされている。なかでも一番有名なのは、パラミクソ・ウイルスだろう。これはアメリカ各地で、非常に多くのペットのバイパーやコブラに感染した。通常、このウイルスは急性肺炎をひきおこし、神経症状をともない、数日以内に死にいたる。重度で慢性的な呼吸器症状を示すもう一つのウイルスが、VEBSウイルスである。VEBSとは、「ボイド・スネークのウイルス性脳炎」の頭文字であり、ボアにおいては呼吸器系の症状を示すが、パイソンにおいては協調運動障害や衰弱のような進行性神経症状を示す。いずれにしても、その結果は死である。ヘビが感染するウイルスのなかには、それほど重症ではなく、ほとんどのヘビが回復するものも数多く存在すると思われるが、確実なことはわからない。飼育環境の温度を上げると、ヘビの免疫システムが活性化するので、部分的にウイルス感染を抑えることができるかもしれないが、パラミクソ・ウイルスのような致死性ウイルスは、ヘビが生き残る確率があるならば、すぐさま獣医の積極的な治療を受ける必要がある。
 かびによる真菌性肺炎は、ほとんどの爬虫類ブリーダーや獣医が考えているよりも発生しやすいものである。この病気は無反応細菌性肺炎とまちがって診断されやすいのだが、治療することは可能である。ただし、治療が難しく、お金がかかる場合もあるが。通気性の悪いプラスチック製のケージに入れられたデザートスネークは、特に真菌性肺炎になりやすい傾向がある。しかし、湿度の高い状態で長期間飼育されたヘビであれば、どんな種類でも真菌性肺炎になる可能性が高い。あるウエスタン・フックノーズ・スネーク (Gyalopion canum)は、2ヶ月間プラスチック製の靴箱に入れられていて、肺炎の症状を示して死亡したが、検死の結果、肺の細胞にかびの菌糸が発見された。筆者たちは、水の多い地方で捕獲された野生のヘビや、何週間も雨が降り続いた後で捕獲された野生のヘビが、病気と思われる症状を示しているのを数多く見てきた。筆者たちは、ヤコブソンが推奨した分量で、アンフォテリシンB (抗真菌薬)を噴霧して、治療に成功したことがある。それは、150ミリリットルの生理食塩水に5ミリグラムのアンフォテリシンBを加え、一日に二回、一時間ずつ噴霧して、それを一週間続けるという方法である。
 胃腸の寄生虫ほど一般的ではないが、肺の寄生虫もよく見られるものであり、肺に深刻なダメージを与える原因となる場合がある。もっともよく見られる肺の寄生虫は、Rhabdias属の線虫であろう。Rhabdias属は主に肺に感染するが、幸いなことに、線虫のライフサイクルの一部として、その卵と幼虫は、ヘビの大便とともに排出されることが多い。ただし、残念なことに、Rhabdias属の幼虫もStrongyloides属の幼虫も、糞の標本から簡単に選別することができない。獣医であれば、気管洗浄をおこなったり、ヘビの主症状を診察して、仮診断を下すことができるだろう。気管洗浄の結果が陽性で、主な呼吸器症状の病歴があれば、Rhabdias属の疑いがある。一方、気管洗浄の結果が陰性で、主な胃腸症状の病歴があれば、Strongyloides属の疑いがある。糞のなかに棒状幼虫 (Rhabdias属とStrongyloides属の幼虫を意味する用語)がいれば、確実な証拠となり、治療をおこなう必要がある。ペットのヘビに寄生するワームのなかで、棒状幼虫ほど感染力の強いものはないようだ。筆者たちは、このワームを20種類以上のヘビにおいて確認してきた。その種類とは、南アメリカ・インディゴスネーク属Drymarchon、アフリカン・ボールパイソン属Python regius、アジアン・パイソン属Python reticulatus、テキサス南部のクロシマヘビ属Coniophanes imperialis、アリゾナ州のメキシカン・ロージー・ボア属Lichanura trivirgata trivirgata、フロリダ州のキングスネーク属Lampropeltisなどである。したがって、飼い主はあらゆるヘビを注意深く観察して、適切な駆虫治療をおこなわなければならない。その際に使用するのは、イベルメクチン、フェンベンダゾール、レバミゾールなどであり、その投薬量は別表に記した通りである。
 舌虫も、肺や皮膚下に寄生するタイプの寄生虫である。この寄生虫がいると診断された場合は、二つの理由により、深刻な問題となる。一つめは、これが人間に感染する能力をもっていること。二つめは、このワームに対する治療法は現在のところ知られておらず、ヘビの場合も人間の場合も、外科手術で除去するしかないことである。そのため、糞検査をおこなって、舌虫特有の形 (5本のフック型)をした幼虫の卵を検出した際には、多くの獣医が感染したヘビの安楽死を薦めている。爬虫類の呼吸器疾患とその治療法については、ユンゲとミラーがさらにくわしい報告をしている (1992年)。

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