Hebidas ヘビダス  ヘビの病気マニュアル

P135 嘔吐・吐き戻し

 検査のために獣医のところにヘビが持ち込まれるよくある理由の一つは、ヘビが吐き戻しや嘔吐をするからというものである。哺乳類の場合は、吐き戻しと嘔吐を区別することはかなり簡単にできる。吐き戻しは食後すぐおこるのに対し、嘔吐は食べ物が消化された数時間後あるいは数日後におこるからである。吐き戻しは未消化の食物が主に食道からそのまま排出されたものであり、一方、嘔吐は半分消化された食物が胃から逆流したものである。爬虫類の場合は、両者を区別することは難しい時がある。ポイントはヘビが食物を体内に留めておけないということであり、その原因の可能性は数多く存在する。
 ヘビが嘔吐や吐き戻しをする代表的な原因は10個ある。しかし、個々の事例においては複数の要因が絡んでいる場合もあるので、注意が必要である。このことを示す実例として、1990年にロスが“吐き戻し症候群”と命名したものがある。これはある種のヘビにおきるもので、多くの原因が関係していることが知られている。
ヘビにおける嘔吐や吐き戻しの原因
1 触りすぎ。あるいは、食後すぐに触った。
2 周囲の温度が急激に下降・上昇した。あるいは周囲の温度が消化にとって適切でない。
3 食後すぐにストレスが増えた (交尾を含む)。
4 餌が大きすぎる、古すぎる、毒を含んでいる、餌を与える回数が多すぎる
5 細菌感染
6 原生動物感染 (アメーバ、球虫、鞭毛虫)
7 後生動物感染 (寄生虫)
8 腫瘍
9 食後、水を飲みすぎた
10 水分補給が不十分
 時にはケージを変更したり、別の動物を同居させたり、その他ちょっとした変化を加えただけでも、ヘビにストレスを与えてしまい、最後に食べたものを吐かせてしまうこともある。おそらく嘔吐や吐き戻しの一番よくある原因は、周囲の温度が通常の消化にふさわしくないというものだろう。さらによくあることだが、周囲の温度が低下すると、突然嘔吐や吐き戻しが始まることがある。これは急激な温度上昇の場合でも同じである。爬虫類繁殖家はこうした症状を念頭において、消化に適した周囲の温度状況に気を配ったほうがいい。
 餌が大きすぎると、胃腸管が刺激されて嘔吐や吐き戻しをひきおこすことがある。餌やりの頻度が多くても同様の結果を招く。ヘビの場合、嘔吐や吐き戻しをひきおこす刺激は、大きな餌を逆向きに飲み込もうとする時にもおきる場合がある。通常、魚の背骨や哺乳類の体毛は後ろ向きになっているからだ。古くなった餌は細菌やばい菌に感染していることがあり、その場合、人間の食中毒と同じように、嘔吐や吐き戻しをひきおこすことがある。餌 (ある種のカエルやガマを含む)のなかには、毒性物質を生成するものがあり、ヘビにとっては耐えられないこともある。
 細菌は不潔な環境で繁殖する。きわめて伝染性の強い細菌が嘔吐の発生原因となることは広く知られている。これらの細菌が、胃や腸の内壁を炎症させる細菌性胃腸炎の原因となることもある。よく検出されるのは、伝染性の強い二つのグラム陰性菌 (サルモネラ菌とアリゾナ菌)である。これらの細菌感染はヘビの医学においては症例数が少ないが、必要な抗生物質を経口投与することが有効である。筆者はヘビの体重1kgに対して小さじ1杯のEntromycinを一日おきに一週間投与して、治療に成功したことがある。一方、ロスとマーゼック (1984年)やロス (1990年)は、ciprofloxacinとamoxicillinを使って治療したと報告している。
 寄生虫、原生動物、後生動物については、別の章で触れるので、ここで詳しく論じることは控えておく。けれど、もし寄生虫の疑いがあるのなら、いつでも獣医の診察を受けたほうがよい。糞便検査や胃洗浄をすることなく、次から次へと寄生虫駆除薬を投与するのは、時間と金の無駄遣いであり、ヘビにとっても危険な行為である。
 異物による閉塞症は、不適切な床材が使われているケージのなかで飼われているペットのヘビにおこりやすい。ケージの説明書を参考にして、適切な床材を使うようにすること。タオル、ハンカチ、Tシャツなどはヘビが誤って飲み込んでしまうことがあるので、好ましい素材ではない! ちなみに、ヘビがタオルやハンカチを飲み込んだ時は、周囲の温度を下げて嘔吐をうながすと、うまくいく場合がある。タオルによる脱水症状を防ぐためには、ヘビの腹腔内に殺菌した電解質溶液を流し込み、ヘビを比較的涼しい場所 (約10〜15℃)に置いておく。すると、たいていは2〜3日以内にタオルなどの異物を吐き出すだろう。こうした処置をする間、あるいはその後も、ヘビが脱水症状になっていないかどうか観察し、腹腔液や抗生物質なども併用することが望ましい。ただし、これはあくまでも実践的な現場の手法であって、鎮静剤を打って内視鏡で異物を取り出すという方法が何らかの理由でできない場合に限られる。このやり方は、外科手術による異物の除去を試みる前に、ぜひとも考慮する価値があるだろう。その際には、ヘビの水分補給の状態を注意深く観察するように。
 医療が発達したおかげで高齢のヘビが増えたが、その場合、腫瘍が嘔吐や吐き戻しの原因と考えられる。爬虫類専門の獣医なら、触診やレントゲン写真で腫瘍があるかないかを判断することができる。
 多くのヘビは大きな餌をむさぼり食べた後、水を大量に飲む傾向がある。時には水を飲みすぎることもある。そのせいで、その後すぐ嘔吐や吐き戻しをすることがある。
 理論的に言って、水分が不足すると、摩擦が増えて食物がスムーズに通過しなくなり、内臓壁に刺激をもたらし、そのために嘔吐や吐き戻しの可能性を高めてしまうことになる。ヘビが嘔吐した時には、ヘビを隔離し、手で触るのを控え、温度が低いなら温度を上げ (温度が高いなら下げ)、餌やりの回数を減らし、餌を小さくし、ケージが清潔で餌が新鮮なものであるかどうか確認すること。それでも嘔吐が続くようなら、爬虫類専門の獣医の診察を受けること。獣医は糞便検査や大便の培養や感受性検査や生体検査をおこない、問題の原因を突き止めて、適切な治療をおこなってくれるだろう。
 ※餌を食べた直後のヘビに触るのは、自分から問題を招きよせるようなものである。餌の大きさにもよるが、最低2日間は触らないこと。

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