Hebidas ヘビダス  ボールパイソン大百科

P16  現代のアフリカにおける人間とボールパイソンの相互作用

 現在、西アフリカのほぼ大半の地域において、ボールパイソンは他のヘビよりも地元民からはるかに受け入れられ、時には大切に扱われている。その原因は(少なくともその一部は)パイソン信仰の歴史のおかげである。奴隷海岸の住民、フイダ族、ダホミー族、ヨルバ族といった人々は全てエウェ語から派生した方言を話しており、彼らはヨーロッパ人と接触する数百年前にスーダンから西アフリカに移住してきた先祖の子孫だと考えられている。パイソン信仰の宗教を持ち込んだのも、こうした先祖たちだと思われる。

 ヨーロッパ人と接触した後、奴隷貿易・ヨーロッパの影響と支配・部族間抗争などがおきた結果、沿岸地帯に住む全ての部族や文化の言葉・方言・慣習・信仰がさらにからみ合ってしまった。パイソン信仰も、程度の差はあるものの、この地域に住む全ての原住民の間に広まってしまったようだった。

 17世紀半ば、ダホミー族はフイダ族を征服し、その後、西部のポポ族をも征服した。19世紀になって、ダホミー族は東へと目を向け、ボルタとナイジェル三角州の間に住む全ての人間を征服しようと動きだした。この時、ヨルバ族出身のエウェ語を話す集団が、ヘビの神を追って西へと移動した。トーゴに腰を落ちつけるものもいたが、移民集団の本体はガーナのボルタ地方にあるアフィフェ付近に定住の地を見出した。現在ガーナに住んでいるエウェ族は、この19世紀半ばの移民の子孫である。

 民族的に言うと、現在のガーナには、50以上の言語と方言を話す数多くの小集団が住みついている。エウェ族は少数民族だと見なされており、ガーナ全域の村に散らばっているが、南部地方に多く住みついている。エウェ族はトーゴにも住んでおり、少数ながらベニンにも存在している。

 ゴーズラの報告(1998年)によると、パイソン信仰はアフィフェ伝統地区で続いており、そこはエウェ族の文化と宗教が色濃く残る町や村だという。この地域では、今でもボールパイソンは神聖な生き物だと考えられている。

 エウェ族の人々は、もしボールパイソンが殺されたら、ヘビの霊(=神)の怒りが静まるまで雨が降らないと信じている。もしアフィフェ伝統地区でボールパイソンが誤って殺されたら、その犯人は体毛(髪、腋毛、陰毛、尻の毛)を全て剃り落として、儀式を受ける準備をしなければならない。その後、犯人は新品の鍋を購入し、ヘビの死骸を入れた鍋を頭の上にのせたまま、アフィフェまで運ばなければならない。アフィフェに着いたら、犯人の罪を清める儀式がおこなわれ、ボールパイソンは適切に埋葬される。

 ゴーズラの報告(1997年)によると、ボールパイソンが活動期に入っている時には、部族のメンバーが道路にバリケードを築いて交通を遮断し、ヘビを傷つけないようにとドライバーに警告する場合もあったそうだ。もしエウェ族の人間が殺されたボールパイソンを発見したら、その人はヘビの死骸を衣服か大きな葉っぱで覆い隠す。アフィフェ伝統地区では、年に一度、冬の終わりにボールパイソンの祭りが開かれる。1997年、ゴーズラはボールパイソンに関する現地調査をおこなったが、アフィフェ伝統地区でボールパイソンを採取したり研究したりする許可は得られなかった。

 その同じ現地調査で、ゴーズラは、ボールパイソンを神とみなすエウェ族の信仰が他の民族には見られないこと、その信仰が一般的な慈愛や寛容の精神へと変化していること、ただし、その精神はヘビ全般ではなく、ボールパイソンだけに向けられていることなどを発見した。一般的に、エウェ族以外の民族はボールパイソンをタブーと見なしている。それはエウェ族の人々に対する敬意のあらわれであり、アフィフェ伝統地区の近くの村だけでなく、多数のエウェ族が住んでいる遠く離れた場所にある多民族村でも同じことである。

 ゴーズラは、ボールパイソンが保護され神聖視されているもう一つの地域を報告している。ソマニアの町を中心とした東部地域では、ナイアラ・クロボ族が昔からボールパイソンを精霊神の一つとして見なしている。ナイアラ・クロボ族は、17〜18世紀にパイソン信仰をおこなっていたナイジェリアのヨルバ民族の子孫にあたる。現在ナイアラ・クロボ族がボールパイソンを神聖視しているのは、直接的に先祖の伝統を受け継いだ結果によるものらしい。エウェ族とナイアラ・クロボ族のボールパイソンに対する姿勢には多くの類似点が見られる。

 現在、ナイアラ・クロボ族はガ・ダングビ語の方言を話している。クロボ族の昔の言語はダングビ語である。おもしろいことに、「ダングビ」というのはヘビの神のことであり、ベニンとナイジェリアのボールパイソンを信仰する呪術宗教のことでもある。現代のガーナ民族と、この地域でパイソンを信仰していた古代民族とのつながりを示すものと思われる。

 エウェ族と同じように、ナイアラ・クロボ族も年のはじめにボールパイソンの祭りをおこなっている。現在、ナイアラ・クロボ族の大多数はキリスト教徒であるが、ボールパイソンは今でも敬意をもって扱われており、多くの若者たちが年に一度のボールパイソンの祭りに参加している。ただし、ゴーズラが指摘しているように、この“ダイポ”と呼ばれるボールパイソンの祭りは、一人前の女性になったことを祝う処女の儀式でもあり、そうしたことが人気の要因の一つになっていると考えられる。

 ナイアラ・クロボ族の伝統によると、ボールパイソンは殺してはならず、いかなる方法であれボールパイソンに触れたり手出しをしてはいけない地域も存在している。もしボールパイソンが家のなかに入ってきたら、それは祝福だと見なされ、祝い酒をふるまわねばならない。その後、ヘビは棒の上に乗せて、丁重に藪のなかに戻されることになる。

 おもしろいことに、ほとんどの地域において、地元住民はフクロウやカメやジャッカルといった動物の肉を食料源と考えているが、ボールパイソンに関しては便利な食材とは見なされていない。我々が調べたかぎりにおいては、ボールパイソンの棲息範囲で人々がボールパイソンを食べている地域は存在しない。我々が話を聞いたガーナ民族は、他の部族はボールパイソンを食べるけれど、自分たちは絶対に食べないといつも語っていた。西アフリカの多くの地域では、魔術や呪術に関する信仰が現在でも続いており、パイソン信仰も根強く残っている。同じ地域で発見された他の動物は人間の食料になる運命をたどったのに、ボールパイソンがそうした運命から逃れられたのは、そうした宗教上の理由が関与していると思われる。

 ボールパイソンの棲息範囲においては、ボールパイソンは毒ヘビではないことが知れ渡っており、たいていの人はボールパイソンを無視していると聞いている。トーゴ、ガーナ、ベニンの南部地方では、多数の人間がボールパイソンやその卵を採集して、定期的に地方にやって来る業者に売りつけている。生物の輸出業者が求めているのはボールパイソンの若い個体と卵である。かなり最近になるまで成体は購入されなかったため、地元民も通常は成体を採集していなかった。妊娠したメスが商業向けハンターによって捕獲された場合、産卵した後で自然に戻されることが多い。ガーナは重要な土地を保護区に指定して、ボールパイソンの狩り及び採集を禁止している。

 西及び中央アフリカの多くの地域で、人々はヘビを見つけると殺しており、それにはボールパイソンも含まれている。世界じゅうの他の地域でも同じことだが、多くの人がヘビに対して恐怖感を抱いており、役に立つ無害なヘビと毒ヘビとの区別ができていない。

 ボールパイソンがヘビ皮の取引に使われるほど大きな種類ではなかったというのは、幸運だったと言えよう。しかし、ヘッケンソンの指摘(1981年)によると、ガンビアではかつてボールパイソンはありふれた存在だったが、現在ではボールパイソンの皮を使用して観光客用のみやげ品を作っているので、その数が減ってきたと言う。西アフリカの奥地では魔術や呪術が広くおこなわれており、ボールパイソンの乾燥した死骸がさまざまな宗教儀式のなかで使われることもある。

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