Hebidas ヘビダス  ボールパイソン大百科

P187  餌やりの歴史

 ボールパイソンの飼育について書かれた本・マニュアル・記事のほとんどの著者が、ボールパイソンへの給餌に関する章で最初に述べているのは、ペットのボールパイソンがいかに餌を食べないか、という内容である。我々は何年もの間に何千匹ものボールパイソンを飼育してきたが、我々にはそういう経験はない。我々の経験から言うと、ボールパイソンは積極的に餌を食べる生き物である。成長期にある若いヘビは、ほとんどいつも貪欲なまでに腹を空かせている。年をとったヘビは1年のうちで1〜4ヶ月ほど食欲のない時期もあるが(これは正常である)、それ以外のほとんどの期間は餌をよく食べる。全般的に言って、ボールパイソンは餌を与えやすいヘビだと言えるだろう。

 たしかに、餌やりに問題のあるヘビは存在する。しかし、通常、そういうボールパイソンは成長した後に捕獲されてペット市場に輸入されたものである。実際、餌やりに問題のあるヘビは、現在のペットのボールパイソンのなかでは、かなりの少数派である。飼い主が「このヘビは餌やりに問題がある」と言う場合は、ペットとして飼いはじめた直後に餌を食べようとしないヘビのことを指しているのがほとんどである。実際には、こういうヘビは“餌やりに問題がある”ヘビではない。彼らはなかなか餌を食べはじめようとしないというだけである。一旦食べはじめたら(ほとんどのヘビはいずれそうなる)、後は落ち着いてちゃんと食べるようになる。

 「ボールパイソンは餌やりが難しい」という神話あるいは誤解は、何年も前に作られたものである。その当時、30年以上前には、ボールパイソンはほとんど市場に出回っていなかった。当時ペットショップで輸入販売されていたボールパイソンの大半は、成体になってから野生で捕獲された個体だった。その頃、爬虫類学が誕生した黎明期においては、ボールパイソンをはじめて飼う人にとっては、支えとなるものがほとんどなかった。ボールパイソンの飼育法や餌やりに関する文献なども少なかった。わずかにあったのは、小部数の専門誌や地方向けの広報の短い記事だけであり、それらは一般に流通していたわけでもないし、広く読まれたわけでもなかった。ペットショップで入手可能な、ボールパイソンの飼育に関する初めての情報源は、1994年に発行された『Ball Python Manual』だった。それ以前には、ヘビの飼育に関するペットショップが独自に作った貧弱なマニュアルがあっただけで、それらはボールパイソンへの餌のやり方について何も書かれていなかった。

 こうした情報不足が問題を悪化させ、現在のような適切な知識とケアを欠いたまま、ボールパイソン自身が扱われることになってしまった。興味をおぼえた飼い主がボールパイソンを家へ連れ帰る頃には、彼らは肉体的にも精神的にもボロボロになっていた。こうしたボールパイソンは体の新陳代謝が中断し、精神的にストレスを受けているので、新しい環境になかなか落ち着けずに、餌を食べはじめることができない場合があった。

 飼い主はボールパイソンが餌を食べようとしないといって心配するようになり(原因は飼い主の経験不足にあるのだが)、やがてそれが、野生のボールパイソンは一種類の獲物しか食べない特殊な捕食動物ではないかという仮説を生み出すことになった。しかし、野生のボールパイソンの餌を研究した結果、ボールパイソンは幅広い種類の鳥や哺乳類を食べていることが明らかになっており、むしろ、たいていのパイソン種よりも餌を選り好みしない性質であることも明らかになっている。問題の原因は、ボールパイソンがマウスやラットを餌として認識していないということではないのだ。

 年をとったボールパイソンが飼育環境に慣れるのに時間がかかる根本的な理由は、こうしたヘビがいわゆる「LOHNS症候群」(the-lights-are-on-but-nobody's-home syndrome “明かりはついているのに家には誰もいない”症候群)にかかっているからである。ほとんどのボールパイソンは非攻撃的な動物であり、そのうちの何%かは「臆病」とか「内気」な性格だと言うこともできるだろう。ボールパイソンは長命な生き物なので、野生で捕獲された成体は20〜30歳の場合も考えられる。それほどまでに長生きしたヘビは、今までずっと自らの活動範囲(テリトリー)内で生きていたと思われる。それゆえ、年をとったヘビは、どんな種類であろうと、野生の環境から引き離されたことにショックを受けているはずである。だから当然、新しい環境に慣れるための時間が必要になってくる。

 しかし、ここでボールパイソンの性格が災いして、飼育環境にうまく適応するのが困難になってしまう。こうした場合、ほとんどの種のほとんどのヘビは、攻撃的な防衛行動をとる。彼らは積極的な防衛行動を見せつけて、自分が怯えていることや不安を感じていることを飼い主に向かってアピールする。飼い主に触らせようとしないし、目に見えていらだっているので、どんなに未熟な飼い主であろうとも、そうしたヘビには静かで安心できる空間を与えて、新しい飼育環境に慣れさせようとするだろう。

 輸入されたばかりのボールパイソンは「内向的」になって「落ち込んで」いる(こういう擬人的な表現が可能ならば)。彼らはその性質上、飼い主に対して咬みついたり攻撃したり糞をしたりしない。彼らは飼育を始めた初日から飼い主に自由に触らせてくれる。不幸なことに、こうした無抵抗な態度のせいで、多くの飼い主がボールパイソンは“おとなしい”生き物だと信じこんでいる。そのため、飼い主は野生で捕獲された20歳のイエロー・ラットスネークやボア・コンストリクターに対しては気をつけて扱い、プライバシーを与えて触ることを控えるのに、ボールパイソンに対してはまったく逆の扱いをしてしまい、その結果、ボールパイソンはさらにLOHNS症候群に苦しめられることになってしまう。実際には、野生で捕獲された年をとったボールパイソンは「おとなしい」のではない。彼らは怯え、悲しみ、混乱しているのである。彼らの生活は180度逆転してしまい、新しい生活に適応する前に、周囲の環境をよく知る時間を必要としているのである。

 LOHNS症候群に苦しんでいるボールパイソンは、見た目は正常で、(ボール状にとぐろを巻いていない時は)普通に動き回り、周囲を観察し、舌をチロチロと出し入れし、全体的には満足しているように見える。LOHNS症候群かどうかの診断基準は、そのヘビの今までの生活史だけでなく、一度も餌を食べていないことや、どんな餌を与えても全く興味を示さないといった事実も考慮に入れる必要がある。実際、人工的な環境で生まれ育ち、何年も同じケージのなかにいて、自分の生活に慣れきっているペットのボールパイソンですら、全く違う新しい環境に移されると、LOHNS症候群の症状を示すことがある(野生で捕獲されたヘビほどひどいものではないが)。ペットのヘビがLOHNS症候群にかかっているのに気づいたら(この病気にかかるのはボールパイソンだけではない)、それを改善する治療法は明らかである。このことについては、別の項で解説しよう。

 ペットのボールパイソンが最初は餌を食べようとしないもう一つの理由は、ヘビの繁殖サイクルに関係したことである。成体のボールパイソンの多くは(特にオスの場合は)、毎年3〜5ヶ月間、餌を食べなくなる。数年前までは、ほとんどの飼い主がこの自然のサイクルの意味に気づいていなかった。野生で捕獲されたボールパイソンのなかでも、生殖ホルモンにあふれた個体や、繁殖サイクルのまっただなかにいる個体は、時として空腹感を感じることがなく、実際に交尾をするかどうかにかかわらず、繁殖シーズンが終わるまで、餌を食べようとしない場合がある。

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