Hebidas ヘビダス  ボールパイソン大百科

P22  知能

 ボールパイソンは足のない陸棲型の無脊椎動物という難しい生活様式に見事に適応して、実質的に陸上で“泳げる”ようになっている。我々は何十年もボールパイソンを間近で研究しているが、知れば知るほど彼らの能力に驚かされるばかりである。ボールパイソンは周囲の状況を細かく感知して、注意を払い、頭がよくて学習能力も持っている。

 多くの爬虫類学者や爬虫類繁殖家が同じように信じている定説がある。それは、ヘビというのは本能をプログラムされて、自然界に送り込まれた小さな自動人形だというものである。こうした定説の他にも、ヘビは耳が聞こえず、近視で、言葉をしゃべれない自動人形で、求愛行動以外の社交性はなく、好奇心もなければ学習能力もないと一般的には考えられている。

 20世紀に出版された爬虫類学に関する大衆向けの文献の多くは、ヘビの能力と知能に関して、こうした推論にすぎない定説をそのまま採用しているようだ。ヘビの飼い主や研究者は、ヘビに関する学習をはじめる最初の段階で、こうした視点を教え込まれることが多い。大学の爬虫類学においても、明らかに通俗的な文献の影響を受けており、ヘビの知覚能力や学習能力を調べることはほとんどない。

 実際には、ヘビの行動に関しては、ほとんどの動物行動研究所の報告だけでは解釈・説明しにくい点が数多く存在している。数週間に一度しか餌を食べない動物に対して、刺激-報酬型の実験をおこなうこと自体が困難である。自然界のヘビを研究しようという動きもあり、電池技術の進歩により超小型の発信機を大型のヘビの体内に移植するといったことも可能になっている。大ざっぱに言えば、我々は野生のヘビの生態について、そのごく一部だけを知っているにすぎない。しかし、どんなヘビの飼育部屋も、飼い主にとっては行動研究所になりうる。飼い主は先入観を捨てて、ヘビが実際には何をしているのかについて気をつければいいだけである。

 我々の観察経験から言うと、何十匹もヘビを飼育している本格的な博識の爬虫類ブリーダーよりも、1〜2匹のヘビを飼っている普通の飼い主のほうが、無邪気にあるいは無意識的に、感情や学習の機会をヘビに対して与えている場合がはるかに多い。おもしろいことに、飼い主もブリーダーもそれぞれ自分が期待した結果を手に入れる傾向にある。我々は長年にわたって何千匹ものヘビを飼育してきており、以前はヘビの飼育室のことを“自動人形のキャンプ場”のようにとらえていたが、現在ではヘビ(ボールパイソンを含む)は全般的に、これまで考えられてきた定説以上に、かなりの知覚能力と学習能力を持っていると考えるようになった。野生のボールパイソンの生態系との関わりは、現在考えられているように単純な相互作用にあるのではなく、もっと複雑なものではないかと考えている。

 ボールパイソンの認識能力と潜在能力に関する我々の予想を明確な数字で表すことはできない。しかし、よく聞かれる質問に対する答えとして、次のような事例を紹介しておこう。

 ボールパイソンは視覚や嗅覚を使って飼い主を識別することができる。ボールパイソンが飼い主の膝の上で何時間もじっとしている姿を見れば、そのヘビが満足して安心していると考えるほうが普通だろう。現在飼育している複数のボールパイソンは、トレーシー(注:この本の共著者の女性)がトングを使って与えたマウスは平気で食べるのに、デイブ(注:共著者の男性)が与えた餌は食べようともしない。飼い主は咬まないのに、見知らぬ人には咬みつくパイソン種(ボールパイソンも含む)も多い。

 ボールパイソンは学習することができるし、学習した行動を記憶することもできる。学習された行動の例としては、ケージのスライド式の入り口を開ける際のボールパイソンの行動を考えてみよう。あるボールパイソンがスライド式の入り口のついたケージに何年も住んでいた。ある日、ケージのなかをでたらめに這いまわっていた時、ヘビの横腹が偶然ガラスに押しつけられて、スライド式の入り口が開いてしまった。脱走したヘビを元に戻した飼い主が、こんなことは偶然であり、もう二度とおこらないだろうと考えたとしたら、それは大きな間違いである。なぜなら、それはもう一度おこるからだ。脱走不可能と思われていたケージから脱走に成功したボールパイソンは、ケージを改良しないかぎり、自分の意思で再び脱走するようになる。実際にあった話だが、あるボールパイソンを14ヶ月前に脱走したことのあるケージにもう一度入れておいたところ、6時間後には脱走してしまっていた。その14ヶ月の間に、別の4匹のボールパイソンがそのケージのなかにいて、一度も脱走したことがないにもかかわらず、である。

 ボールパイソンは嗅覚によって、そしておそらくは視覚によっても、他のボールパイソンの個体を識別することができる。我々は2匹のオスのボールパイソンを別々のケージに入れざるをえなかったことがある。その2匹を一緒のケージに入れておくと、一方のオスがもう一方に完全に威圧されてしまい、全く餌を食べなくなって、絶えずケージのなかをうろつき回るようになってしまったからだ。2匹を別々のケージに移したところ、そのオスは再び正常な行動に戻って餌を食べるようになった。

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