Hebidas ヘビダス  ボールパイソン大百科

P261  体内に残留した卵

 ヘビが産卵を開始する引き金となるメカニズムについては、よくわかっていない。ボールパイソンや他のパイソン種においては、有精卵のなかの胎児が発達して、母体からの酸素の供給が足りなくなった時点で、卵が何らかの化学物質を放出して、母体に合図を送るのではないかと考えられる。こうした推論は、以下のような観察に基づいて生まれたものである。

 1:産卵時においては、ボールパイソンの卵のなかの胎児は、同じクラッチ内においても、別のクラッチと比較しても、基本的に同じ発達段階にある。こうした観察結果により、産卵開始の決定権を握っているのは胎児のほうだと推論づけられる。母体にとっては、卵のなかの胎児の発達段階など知りようがないからである。

 2:排卵から産卵までの時間は、温度と関係している。温度が低ければ低いほど、産卵までの時間が長くなる。

 3:無精卵や異常卵が産まれるのは、有精卵が産まれる期間外のことが多い。早い場合もあれば、遅い場合もある。

 4:同じクラッチの他の卵よりも遅れて産まれてきた有精卵は、たとえ1日遅れただけでも、必ず死んでいる。

 5:我々の知る限り、出産開始のタイミングがわかる唯一の脊椎動物は馬だけである。馬の場合、出産開始の引き金を引くのは子馬の酸素欲求である。体内にいる子馬が胎盤の作り出す酸素だけでは足りなくなると、ある化学物質を放出して、それが母馬の陣痛をひきおこすという仕組みになっている。

 もちろん、パイソンと馬は、系統樹的にはかなりかけ離れた動物であるが、化学物質を放出するという便利なメカニズムは、我々が観察したヘビの行動を説明できると思う。つまり、産卵する準備ができたことを、卵が母親に伝えているのである。

 妊娠したヘビが全ての卵を産めないことがある。こうした状態を指す専門用語は、難産(dystocia)と言う。難産とは文字通り“難しい出産”のことで、語源はギリシア語のdys(悪い・難しい)と、tokos(誕生・分娩)が組み合わさったものである。具体的には、メスが卵のクラッチを産んだ後、とぐろを巻いて抱卵しているのに、メスの体をよく調べてみると、体内に1〜数個の卵が残っているといった場合がある。あるいは、メスが(時には数日かけて)ケージのあちこちに卵を産み落とし、全ての卵を産まずに止めてしまうといった場合もある。

 最初の事例はよくあるケースで、普通の産卵において、母親が全ての卵を産むことができないというものである。二番目の事例では、メスが妊娠・出産自体に苦しんでおり、全ての卵が無精卵で、そのなかのいくつかは異常なサイズと形をしている可能性がある。両方の事例とも、結論は同じである。もしメスが今後も繁殖を続けるならば、体内に残った卵や異常卵は体外に排出しなければならない。

 難産の場合、その原因を特定できないケースが多い。ごく稀に、卵が残留したメスの手術をおこなうと、卵管部分に難産の原因となった異常(たとえば、ねじれ・腫瘍・癒着・裂傷など)が見つかることがある。難産は太りすぎのメスヘビにおこりやすいようである。しかし、その原因は、太ったメスは異常卵を産むことが多く、異常卵は通常のスケジュール通りに産まれてこないといった事情と関係があるのかもしれない。そうした場合、難産だと思われていたものは、よくある異常卵のケースと大差ないということになる。また、小さなクラッチを産むボールパイソンよりも、大きなクラッチを産むパイソン種のほうが、難産が発生しやすい。ボールパイソンにおいては、難産は稀である。

 難産の結果は、自然に解決するようなささいな心配事から、深刻な状態までさまざまである。後者の場合には、難産に苦しむメスの命を救い、今後の繁殖を続けるためににも、飼い主が介入する必要がある。難産になった場合には、介入するかどうかの決断をしなければならない。

 難産かどうかの診断を下すのは、産卵した後のメスを調べた時である。メスの下腹部を触診すると、体内に1〜数個の卵の塊が残っているのがわかる。触診によって、ビー玉サイズの硬い塊を感じた時には、それは妊娠期間中に蓄積された尿酸の塊であることが多いので、注意するように。

 手を使って、卵を卵管から排泄腔へと押し出そうとしてはならない。簡単なことのように思えるのだが、卵が通り過ぎる際の卵管は非常に引き伸ばされていて、ほとんど透明な膜のようになっており、とてもデリケートで傷つきやすくなっている。残留した卵や異常卵を、卵管から押し出したり絞り出したりしてはならない。スタールの報告によると、残留した卵を手で押し出そうとすると、卵管と卵の両方を破裂させてしまう可能性があるという。そうした破裂がおきると、傷ついた卵管や体腔に重大な感染症をひきおこす可能性がある。

 難産のほとんどの事例では、メスは全て異常卵の(あるいは、ほとんど異常卵だが、数個の有精卵を含む)クラッチを産み、1個か2個の小さな卵の塊が体内に残留しているのが感じられるものである。難産のもっともひどいケースでは、臨月を迎えて大きなクラッチで腹が膨れているメスが、1個の有精卵を産んだだけで、それ以上産めなくなってしまうというものである。おもしろいことに、我々が観察したパイソンの難産の事例の全てにおいて、メスは最低でも1個の卵を産んでいる。メスが全く卵を産めなかったという難産の事例は見たことがない。ただし、どうしてこうなるのかは、我々にもわからない。

 飼い主はどういう適切な行動をとるのか、最善の判断を下さねばならない。我々の経験と観察によると、メスの体内にある卵の塊が全て無精卵の場合、メスが卵を一つのクラッチとして産まないのは比較的正常なことである。飼い主の側が何もしないのなら、異常卵はそのうちに排出される。通常は、ヘビが排便する時に、1〜2個の異常卵も出てくる(腸を空っぽにしようとする筋肉運動が、糞と一緒に異常卵を動かすのだろう)。たいていの場合、最初の異常卵が排出されてから数週間以内に、全ての卵の塊が排出されるはずである。しかし、全ての無精卵の塊が体外に排出されるまでに、1年以上かかる場合もある。

 メスの卵管から全ての卵の塊が取り除かれると、メスは再び繁殖できるようになる。難産の症状が自然に解消した場合、その後の繁殖に悪影響が出たという例は見たことがない。

 体内に残留した卵の塊が大きい場合、問題となることがある。何も手を下さなくても、体内に残留した1〜2個の有精卵が少ししぼんで、その後何の問題もなく出てくることもある。しかし、卵が大きい場合(特に有精卵の場合)、それが腐敗して、メスの体にとって有毒となる場合がある。もし残留した卵が大きい場合、特にそれが有精卵だという可能性が高い場合、我々は卵を吸引する。

 卵を吸引する場合、我々は以下のような手順でおこなう。我々は12口径7.5cmの針と100ccの注射器(大型の針と大型の注射器)を使って、その針を腹部横の体壁に挿入して、一番後ろにある卵の中心部分と思われる場所に突き刺して、その中身を吸引する(別の言い方をすると、ヘビの側面下部を通して、排泄腔に一番近い卵に針を突き刺し、その内容物を吸いだす)。我々は、漏れた卵黄で卵管を感染させないようにできるだけ気をつけて、最後の一滴まで吸い出すようにしている。

 もし卵が有精卵なら、殻のなかから出てきた内容物には血が含まれているはずである。卵が無精卵なら、血は見られない。大きな卵の塊は一つ一つ吸引していく。ほとんどの場合、しかるべき時期がくれば、メスは吸引された後の卵の殻を簡単に排出するようになる。

 明らかに卵管が詰まっている、あるいはねじれているといったケースは稀である。我々自身は、ボールパイソンでそうしたケースを見たことがない。とは言え、我々の繁殖計画にとって特に重要なメスが重度の難産をひきおこし、大きな卵の塊が体内に残留してしまい、吸引した最初の卵の内容物に血が混じっていたような場合には、他の卵を吸引する前に、そのメスを獣医のところに連れていくことにしている。そして、獣医の手を借りて、メスの体を切開手術して、物理的な障害がないかどうかを確かめてから、その後の処置をおこなうようにしている。

 我々は体内の一番後ろにある卵の位置に合わせて、腹部横を約10cmほど切開して、卵管の内部にねじれや癒着といった難産の原因となる症状ができていないかどうかを確認する。実際にあった例だが、我々はビルマ・パイソンで卵管のねじれを確認したことがある。その時には、卵管のその箇所への血流が阻害され、卵管細胞が変色・壊死していたために、患部をはっきりと確認することができた。非常に有能な獣医が、卵管の壊死した部分を数センチ切除して、その後、卵管を元通りにうまくつなぎ合わせて縫合したケースもあった。

 たいていの場合、明らかな問題はなく、我々の心配も氷解して、手術中に確認できた卵は獣医が全て吸引することになる。その後、傷口を縫合して、他にも残った卵があれば、胴体を通して吸引する。後は、卵の殻が排出されるのをじっと待つだけである。この方法で治療したビルマ・パイソンの場合だと、メスは1週間ほど経ってから、つぶれた卵を排出しはじめた。

 難産の場合に、獣医がオキシトシンやバソトシンを投与するのは、かなり一般的である。これらは両方とも、卵管の陣痛を促すホルモンである。哺乳類にとってのオキシトシンに相当するものが、爬虫類にとってのバソトシンである。爬虫類においては、どちらのホルモンも有効だが、バソトシンのほうが効果が高い。我々の経験から言うと、体内に卵が残留したパイソンにこうしたホルモンを投与するのは、かしこい選択ではないと思う。かえって事態を悪化させてしまう場合のほうが多いからだ。我々はこれらのホルモンを使った経験は少ないが、6件のビルマ・パイソンの難産の事例において(3件はオキシトシン、3件はバソトシン)、これらのホルモンに卵を排出させる効果がなかったことを確認している。その後の手術や検死をおこなった結果、残留した卵に対する卵管の締め付けが逆に強まっていて、吸引した卵でも通過できないほどになっていたことが明らかになった。

 レントゲン写真を使っても、難産の状態はよくわからない。そこで、我々からアドバイスをするとすれば、「あまり気にするな」ということになる。手術で卵を除去する必要があるケースは稀である。メスの体内に多くの有精卵が詰まっている場合には、メスの命を救うために、卵の除去手術をするかどうか考慮しなければならないが、卵の除去手術をした翌年以降も、メスのパイソンが繁殖に成功したという報告例は少ない。手術によって取り出した卵や、クラッチが産まれた後、1日以上経ってから出てきた卵を孵化器に入れても無駄である。そうした卵はやがて死んでしまうからだ(まあ、希望を持つのは自由である。もしそうしたいなら、孵化器に入れてみるといい。やってみるのも悪くないだろう。ただし、過剰な期待をしないように)。何よりも大切なことは、体内に残留した卵の一部(あるいは全部)を救い出して孵化させようなどと考えて、メスにダメージを与えてはならない。卵を手術で取り出す場合でも、まずはじめに吸引してから取り出すほうが一番簡単である。

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